菅総理、民主主義を語る前に正義を語れ、真実を語れ!

学術会議の候補者6名が菅首相に任命されなかった背景が徐々に明るみにされてきたが、その核心はいまだ不明だ。菅首相が初めのころ言っていた、「総合的・俯瞰的な・・・」や多様性などからは、やはり6名の任命拒否の理由には程遠い。6名が拒否されれば、総合的俯瞰的になるのかや、あるいは99名には多様性があり、6名には多様性がないのか、と問われれば、答えようが無い。こんな意味のない答えでは、だれだって承知できない。そして、二之湯議員の質問に対して、菅総理は今回の場合は、事前調整が働かず、その結果、6名を任命除外したと話した。つまり、もともと、学術会議の人選に政府官邸が首を挟みたいがために、任命拒否したということのようだ。そして、なぜ、6名が選ばれたのか。それは、推測の域を出ないが、安保法制や共謀罪、その他の政府の提出法案に対して反対の意思を示したことが拒否した理由と考えられる。つまり、菅総理が言っていた「総合的・俯瞰的な・・・」や多様性は本当の理由を覆い隠すための隠れ蓑に過ぎず、本当のことを言えば、それは明白に「日本学術会議法」の法律違反になり、あるいは憲法の「思想信条の自由」や「学問の自由」を侵害する行為につながり、とても首相として、あるいは日本政府の代表者として言えないことだったのだろう。つまり、菅総理はじめ、安倍元首相をはじめ彼らをサポートする政府官僚そのものが、法律違反や憲法侵害を意図していたといえるのではないか。彼らには自分が権力者であり、権力者が法律や憲法を勝手に解釈できるのだという、優越感・指導者感のようなものがあって、国民の真の利益の代表者であるということをすっかり忘れ去っているのだろう。菅総理はバイデン氏が大統領に当選確実になったことを受けて祝意を表し、その中で記者に「日米は自由・民主主義、この普遍的な価値観を共有する同盟国だ」と述べたという。だが、バイデン氏はその勝利宣言で自由とか、民主主義という言葉とともに、正義という言葉も使っていた。同じ民主主義国家を自負しながら、菅総理の言葉には、正義という言葉は出てこない。それもそのはず、学術会議の任命拒否問題では、正義どころか、不正義がまかり通っている。自由も、民主主義も正義があって初めてそれは素晴らしいものになる。正義のない民主主義とか、自由はうわべだけのものだ。

学術会議の問題で、正義はあるのか。その理由は?総理自らの口から真実を語ろうとしない。少しずつ解明されたのは、官邸の人事を通じて学術会議への介入であり、干渉であり、排除であり、反対者の社会的抹殺だ。どこに正義がある。どこが日米は同じ価値観を共有しているだ。正義を口にできない人間が、総理を務める日本って、誇れる国か。民主主義とか自由を語る前に、真実を語れ。正義を語れ!

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