ステージで見せる森昌子のとても残念なこと

森昌子のステージで気になるのは、自分のヒットした曲を5曲も6曲も続けて歌うことだ。それも1番のみ歌う。こうした自分のヒット曲をメドレーで歌うことは、歌を歌うことの本質を見失わせることにつながるのではないだろうか。

歌というのは、1番から3番まで歌うことで完結する。それを1番だけ歌い、すぐに引き続いて別の歌に変わる。これで歌の意味合いがあるの?歌には、そこに込められた人の感情がある。あるいは人へのメッセージがある。ひとつの曲を作るのに、作詞者は何度呻吟しているだろう。ひとつの言葉、ひとつの助詞にさえ、多くの時間と思考をそこに費やしている。そうした言葉や曲を考えるなら、メドレーで歌を歌えるの?という疑問が沸いてくる。

 森昌子は多分、そうした曲を作った人々への畏敬の念を持っていなかったのかもしれない。あるいは観客へのサービスだと考えて、ヒット曲をメドレーで歌ったのかもしれない。だが、歌をメドレーで歌う習慣がいつの間にか付いて、歌を気軽に、感情を込めずに流して歌えば、それで観客は満足するとでもうぬぼれてしまったのかもしれない。自分の声に自惚れ、1曲1曲が持つ、その重みのようなものに、思いがいたらぬようになってしまったのかもしれない。

結局、そのことが森昌子が歌う歌に、人間の重み、深い感情、味わいを感じさせない理由が潜んでいるのかもしれない。もっと、1曲、1曲を大事に歌って欲しい。軽く流さずに、3番までしっかりと手を抜かず、感情・愛情を含め、一言一句たりとも大事に思って歌って欲しかった。森昌子がステージで歌う、3番までの曲は聴き応えがある。一方で、メドレーは、声が綺麗であったりするが、なにか不満が残る。

一つ一つの曲に真正面を向いて取り組めば、そこにおのずと名曲が生まれて来るのではないだろうか。森昌子に歌に、名曲や歌い継がれる歌がないのも、安易にメドレーで歌を流しすぎた報いではないのだろうか。そのあたりが、ステージの曲を聞いてとても残念に思うことだ。(高知県黒潮町の宿にて)

youtubeから

面影の君・あなたを待って三年三月 http://youtu.be/_6C6KrMFytM

あの丘越えて・潮来の花嫁さん・この世の花 メドレー三曲http://youtu.be/k5hpG07wKvc

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