新聞は情報を咀嚼(そしゃく)できる

この3週間、那智勝浦へ出張して、新聞から遠ざかっていた。民宿に新聞が置いていない。テレビからの情報だけでは心もとない。
 今朝、朝食を食べながら、ゆっくりと新聞を読んでいると、耳から入る情報との違いが明確になってきた。新聞の場合、記事を読みながら、思考をめぐらし、立ち止まり、そうかなとか、疑問を抱きながら、読み進める。それがテレビだと、立ち止まらなくて、一方的な情報を押し込まれる。ああ、新聞は咀嚼できるが、テレビの情報は、一方通行なのだなと思った。

 情報と言うのは、見る側の視点によって違ってくる。それをそのまま受け入れることの恐ろしさをほとんど実感していないのが現実だ。私は、朝日新聞が好きだが、朝日もある視点から、物を見つめているだろう。その視点は、私の視点とそんなに違わないと思うのだが、もしかして私も朝日に洗脳されているのかもしれない。

 常に立ち止まり、その情報は正しいのかどうか、どういう視点に立っているのか。そういうことも自分自身考えて行きたい。そういえば、安部首相の視点はどこにあるのでしょうか。色々な経済政策や税制改革、秘密保護法案、どういう視点でこれらの事物を考えているのでしょうね。中国や企業のことばかり考えて、民主主義や国民の生活を犠牲にしてはいないのでしょうね。ブログでも、これらのことを取り上げて行きたいですね。

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