天皇の誕生日会見ー安倍内閣・自民党らの歴史観と対峙

天皇陛下の誕生日の記者会見のことばには、聞く方も目頭が熱くなるものがあった。ことに言葉を詰まらせながら、感情を抑えながら、話す様子から、それが日々の天皇の行動と一致しているから、余計に納得するものがあった。


 言葉としては、今の右傾化が進む日本ではかなり左寄りの発言が目立った。安倍首相や自民党国会議員らにとってはかなり耳に痛い話だったろうが、馬の耳に念仏で、少しも理解できないだろう。NHKのニュースや解説委員でも言えないような言葉が発せられた。

 それは次のことばだ。「平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。」(朝日デジタル新聞)

 安倍首相らは、戦後70年を迎えて、過去にとらわれず新しい未来にチャレンジしていこうではりませんか、などと言って、過去の日本の行った戦争行為への、正当化を推し進めている。それは過去を歴史家の意見や検証に基づいて判断するのではなくて、自分らの思いやこうあってほしいという願望から歴史を変えようとする考えだ。天皇はこう言っている。「戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切である」と。つまり歴史を正しく伝えてほしいと、念を押しているのだ。それは今の日本の歴史を私物化する安倍内閣への警鐘だ。

 また、沖縄については特に思い入れ深く言葉を述べている。「昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。」

 沖縄の人々が背負い込んだ苦難に心を寄せていくということに、”これからも変わりありません”と誓っているのだ。多分、今度天皇になられる皇太子も同じ思いだろう。一方で、政府は辺野古への移設については沖縄県民の思いを踏みにじるようなことを平気で行っている。天皇自身、やはり辺野古問題には心を痛めているということだろう。県民が反対しない方法での移設を模索してほしい、そういう思いが込められているのではないか。沖縄県の戦中の犠牲が、一般人を多く巻き込んで悲惨だったから、なおさらなのだろう。

 天皇の歴史観が古くて今の自民党や安倍内閣が新しいのか。天皇の幼少期からの生い立ちをNHKの番組で見ていると、天皇はいい加減な軽い人ではない。自分の意見をかなりしっかりと、頑なに持っている人だ。それが今回の象徴天皇としての、最後のことばとして発せられたいるようにも思える。かなり重いものだ。

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