サンフランシスコ講和発効式典で「戦争責任」を「言葉」として残しておきたかった昭和天皇

15日と今日の二日にわたり、午後9時からの NHKスペシャル「全貌2.26事件」と「宮内庁長官の極秘資料・・・」の2編を観た。ともに戦争の真相を捉えたNHKらしい見ごたえのある特集だと思う。本をほとんど読まない私にとって、戦争の実相を知るうえで、貴重な知識を与えてくれたと思う。

 「2.26事件」は言葉としてよく聞くが、どういうことかよく知らなかった。このテレビ番組によると、1936年(昭和11年)陸軍の一部将校や兵士らおよそ1000名が蜂起し、内閣の閣僚や総理大臣、重臣らを襲撃して一部の人を殺害し、国会や首相官邸を占領した。これらの人は皇道派と呼ばれ、軍人によって政治を支配しようと考えていた。この時代の軍隊は急進的で、「下剋上」と呼ばれたらしい。その意味することはよく分からない。昭和の軍隊が下剋上と聞いたのは初めてだ。実際どういうことを指すのだろうか。

 占拠した皇道派は陸軍上部や天皇がこの決起に賛成してくれると踏んでいた。天皇さえこのことを認めてくれれば、そのあとは陸軍大臣や上部を巻き込んで、昭和維新として軍事政権を打ち立てる腹積もりだった。しかし、その思惑とは裏腹に、天皇が怒り、鎮圧を命じたのだ。

 これに対して陸軍全体では蜂起を支持し、逆に天皇の退位も取りざたしていたようなのだ。それだけ、まだ昭和天皇に権威がなく、弱い存在だったのだ。

 一方で、海軍は陸軍のこの動きを事件が起こる前から察知し、内密者を陸軍にも入れて情報を収集して、それを時々刻々と記録していたのだ。その記録が今回見つかり、この特集となっている。この事態に対して、海軍は天皇と結びつきを強め、「陸軍+蜂起隊VS天皇+海軍」という軍部内部で天皇を担ぐ組織とそれと敵対する組織が、目に見えない形で出来上がろうとしていた。その結果、海軍と陸軍の兵士が戦火を交える、一発触発の内乱が勃発しそうな状態にきていたのだ。

 しかし、陸軍大臣や上部は皇族などの説得により、天皇に逆らうことをやめ、蜂起隊を処罰することに決め、蜂起隊を鎮圧し、その首謀者を厳罰に処したのだ。これがスペシャル「全貌2.26事件」の概要だ。

 これ以降、軍部の勢いは強まり、天皇に統帥権があったものの、その勢いは天皇でも抑えきれず、逆に恐怖を感じていたのようなのだ。もうすでに、軍部の統帥は誰にも止めようがない状態に陥ってしまったようなのだ。そうした軍部の独裁を許す結果になたのが「2.26事件」のようなのだ。

「宮内庁長官の極秘資料・・・」は戦後の天皇の考えを知る上での1級資料で、サンフランシスコ講和発効式典での天皇のお言葉がどのように練り上げられていったかが、宮内庁長官の日記から読み取れる。その式典での言葉として、天皇は先の戦争への反省を言葉として入れたかったのだが、反省と言う言葉を入れると、国民を含め軍部、政治家までいろいろと責任を負わされることになるので、吉田茂首相は戦争にかかわる文言、責任などをすべて削除し、未来志向の文言のみに修正して、天皇の言葉としたのだ。天皇が考えていた戦争責任の思いは、ここで消え去るとになり、東京裁判以外の、本当の良心を含んだ責任問題が取り上げられることはなくなった。

結局そのことが、今の日本人が戦争責任に触れなくなった原因でもあるようなのだ。天皇は戦争への責任を講和式典の言葉として残しておきたかったのだ。それがこの日記から明白となった。責任はうやむやになり、今もうやむやなままだ。天皇自ら責任を痛感していると話せば、私たちも、国内だけで310万人が死んだ戦争の責任を痛感したいたはずだ。

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