「ガダルカナル戦」海軍と陸軍の意思、不通(一木隊全滅の真相)

昨日、晩9時放送のNHKスペシャルで「地獄のガダルカナル戦 ・・・」を観た。日本軍が太平洋南方のガダルカナル島に飛行場を建設していたが、それを米軍に奪われ、それを取り返す作戦が陸軍・海軍共同で行われた。その争奪戦が「ガダルカナル戦」で、そこでは1万だったか3万人だったか忘れたが、日本軍が全滅した。

 最初、飛行場奪取のため送り込まれたのは陸軍精鋭部隊の一木支隊という1000名あまりの部隊だ。飛行場から30数キロ離れた地に上陸した部隊は、ジャングルを歩いて進軍する。その間に、海軍は海上から米軍の艦船や輸送船、兵站を途絶する作戦だった。しかし、海軍は兵站を途絶することをせず、米軍の艦船ばかりを攻撃して、撤退、飛行場建設の兵站や武器、人員はそのままだった。その間、一木隊は本部と連絡を取れず、相手の状況を知ることができなかった。実は作戦では潜水艦が一木隊の無線連絡の中継を果たすのだったが、潜水艦が任務を放棄し、海軍の戦闘に加わってしまったのだ。そのため、一木隊は本部と連絡が取れず、飛行場の様子が全く分からないままだった。米軍の兵器や人員、火器類など不明なまま、突撃すべきかどうか迷っていた。

 一方で、米軍は万全の態勢を整えて、日本軍を迎え撃ち、一木部隊を凄惨な全滅に追いやったのだ。その後、一木隊長や家族は全滅の汚名をかぶせられた。その後も、日本軍はガダルカナル戦を続け、兵站不足から多くの餓死者や病死者を出し、1万か3万人かがひどい状態で死んでいったという。

 第二次世界大戦は日本の軍部が、人命をあまりに軽視する傾向が強すぎる。日本人の本性には、個人の命より命令や建前や上司をかばう考えが強いのかもしれない。今もその残滓である、忖度がまかり通っている。



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