表現の自由は人間の自由獲得の歴史であり、首長個人がいい悪いを決めることはできない

「表現の不自由展・その後」で「ガソリン缶をもってお邪魔」とファックスで脅迫状を送った男が威力業務妨害罪で逮捕された。今日の朝刊では、この男は年齢が59歳、愛知県稲沢市在住の会社員とだけ書かれていた。警察のこの素早い逮捕という知らせには驚いた。警察権力が本気で動いたのだろう。とても喜ばしいことだ。

 気に食わないからと言って、ガソリンをまかれてはたまらない。京都アニメの火災の記憶が新しいだけに、こうした脅迫文の送付は冗談や悪ふざけではすまされないし、展覧会を中止に追いやったことの重大さから考えても、犯人を探し出し、なぜ、このようなファックスを送ったのか、その結果についての責任はどう思うかなど、十分な取り調べの上、起訴すべきかどうか判断してほしい。

 この展覧会については、大阪府知事である吉村氏も慰安婦像などについて批判している。吉村氏はこの展示を「反日プロパガンダ」と指摘し(注:プロパガンダとは「特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為である」(ネット上の百科事典ウィッキーペディア))、「愛知県がこの表現行為をしていると取られても仕方ない」と述べ、「知事として不適格じゃないのか」と語ったという(朝日新聞より)

これに対して、大村知事は朝日新聞デジタルでは「はっきり言って哀れ」と批判し、「憲法21条の表現の自由を理解していないのではないか。公権力を持っている人がこの内容はよくて、この内容はだめだとずっと言っている」と吉村氏の見解に疑問を呈している。

 このほか、菅官房長官も記者会見で「(助成金の)交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と話していた。この発言は記者の質問に答える形での発言らしい。まあ、お金を出す方としては妥当な発言だろう。レベルの低い文化事業にお金を出すべきでないと思うが、芸術作品と言えるのなら表現の自由が憲法で保障されているのだから、その内容や思想に口をはさむべきでない。

つまり、芸術性に関して、その作品がどういう思想信条から出ているにしても、キリスト教賛美であろうが、仏教賛美であろうが、韓国賛美であろうが、戦争反対・戦争賛美であろうが、いろいろ考えさせる素材を提供する芸術性豊かなものは、最大限保証するべきものだあって、自治体の首長が個人的な考えからそれを批判して、国民の目からそういう素材を見えなくしたり、撤去したりする方が、罪深くて、人間の芸術性や真実を求める心情を踏みにじるものだといえる。こういう気に食わないものから目をそらせる行為は、科学技術の発展を遅らせるし、人間性の堕落をもたらすのみだ。

憲法に保障されている通り、自由の獲得の歴史は人類の近代史・現代史とともに歩んでいるのだ。

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