天皇ーなぜこれほどまでに慰霊の旅を続けたのだろうか

午後7時半からのNHKの天皇の報道番組を見た。今日は皇太子時代の結婚のいきさつや結婚後の二人の歩みなどを放送、知らないことや初めて見る映像が多く、興味深い内容だった。

 テニスコートの恋は知っているようで知らないことが多く、皇太子が美智子さんに恋して結婚へつながったと初めて知った。それは多分に美智子様の美貌と知性にひかれたようなのだ。この後、日本では社会現象として恋愛結婚が拡がったようだ。それまではお見合いがほとんどだったのだ。

 皇太子はおとなしそうでその実、なかなかの曲者だ。それは戦前、天皇の後継ぎとして育てられ、英才教育や厳しいしつけなどを施された反面、戦中戦後の、焼け野原の日本の厳しい時代を目の当たりにして育ったのもある。また、皇太子の役割として天皇を支えてきたようなのだ。19歳の時、天皇の名代としてエリザベス2世の戴冠式へ出発、半年間欧州・米国へ皇太子てとして各国を訪問して歓迎を受けた。このことは皇太子に先進国の生活習慣に目を開かせ、人間的にも成長させたようだ。

 皇太子は理想的な伴侶を得たことで、憲法が定める象徴という地位を考え続けることができたように思う。それは一面、天皇の名の下に行った日中・太平洋戦争への犠牲者への慰霊の旅であったのかもしれない。日本国の天皇という地位から、海外の激戦地で亡くなった日本兵の哀悼をささげつつも、戦争犠牲者全体への慰霊だと思う。なぜ、天皇はなぜこれほどまでに慰霊の旅を続け、また沖縄の地を11回も訪れたのだろうか。なぜ、サイパンや海外の激戦地を訪れ、哀悼の意を表し続けたのだろうかと思う。多くの激戦地は日本人が知らないところも多く、関心を寄せなった地だ。韓国や中国への慰霊の旅はかなわなかったようだが、本当なら、中国でこそ、多くの日本人や現地の人々が亡くなってなっているのだから、霊を慰めたかったのだろうと思う。

 これほどまでに、戦争を憎み、戦没者の霊を慰めた日本人はいないのではないかと思える。この慰霊の旅にこそ、平成の天皇の思いが凝縮されているのだろう。

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