「性接待」 満蒙開拓団を守るため

「性接待」という言葉を初めて聞いた。岐阜県旧黒川村出身の満蒙開拓団が、終戦間もなく近隣の住民らから襲撃や略奪を受けて、自分らの身を守るため、ソ連軍兵士らに性接待を持ち出し、治安維持を請け負ってもらったということだ。「性接待」に選ばれたのは17~21歳の未婚女性15人ほどで、団の幹部らが選んだ。93歳の女性は「『(夫が)兵隊に行かれた奥さんたちには頼めん。あんたら娘が犠牲になってくれ』と言われた」と証言した。また別の女性は当時、17歳で、飲酒の接待だと思っていた。ふとんが多く敷かれた仕切りもない部屋で、他の女性たちと共に暴行されたという。開拓団には医務室が設けられ、性病や妊娠を防ごうと薄めた消毒薬で女性の体内を洗浄したという。証言によると、4人の女性が性病や発疹チフスなどにより現地で死亡した。開拓団は1946年9月に帰国した。600人余りが入植し、約400人が戻ったという。

 地元では長くこのことは伝えられなかったという。1982年に岐阜県の地元で慰霊碑の隣に「乙女の碑」が建立された。2013年、満蒙開拓平和祈念館で安江善子(当時91歳)さんが講演し、初めて公に「性接待」の話が出たという。その後、当事者である女性たちが語り始めているという。今年の8月10日にも岐阜市で証言集会があって91歳の女性が証言している。

当事者が書いた「性接待」の当時の手記

・乙女ささげて 数百の命救う
・女塾で学んだ大和魂 音を立ててくずれ落ちる

 (上の文章は朝日新聞8月27日社会面に載った記事をもとに書いたものです。)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック