異質な状態から抜け出せないのが世の常

時間の経つのは早いもので、つい1週間前までインドネシアにいたことが、遠い夢のような出来事に思えてくる。外国で3ヶ月以上暮らすということは、自分ひとりの力でできるものでない。そこには多分多くの人の助力や下準備があって、初めて可能になったのだろう。そうした、目に見えない助けがなければ、そこで気持ちよくすごす事はできなかっただろう。

 今日、大阪九条松島を通ってみた。そこはやはり時間が置き去りにされたような、異空間がひろがっていた。自由な空間とは少し違った、封建的なにおいをかもす、旧赤線街。そこでは、白色灯にてらされた若くてきれいな女性が背筋を伸ばして、こちらを見て座っている。その若くて清潔そうな女性の姿が、淫猥な男女の粘りを覆い隠しているようにも見える。その女性がいなければ、そこは100年以上も前の世界かもしれない。でも、やはり、異質な空間だ。僕にはそう見えるし、多分、その近くの住民もそう思っているに違いない。

 インドネシアも松島も、近いようで遠い世界だ。でも、そう思っても、案外簡単に入れるものだろう。でも、そこから抜け出すのは、多分容易ではあるまい。

 貧困や失業、あるいは病気もそうかもしれない。それらは遠くにあるようで、案外近くにある。そしてそれらの中に入り込めば、簡単に抜け出せそうで抜け出せない。日本の経済もそうなのだろう。デフレ脱却といいながら、それができない。マイホームを買いたいと思いながら、いつまでも賃貸暮らし。はじめはそう長くないうちに抜け出せると思っているものが、いつまで経っても抜け出せないのが世の常なのかも。

 私たちは、こうした経験から何を学ぶべきなのだろう。目標が決まれば、それへの努力を怠るなということだろうか。ゆっくりしていたら、いつまでも目標には到達できませんよ、ということだろうか。あるいは今ある状態は常々変化するから、今の状態を楽しみ、異質な世界に用心するべきという教訓なのだろうか。

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