広島オバマ演説、戦争を憎み、「すべての命は尊い」という主張

オバマ大統領による、広島演説を新聞で読んだが、なかなか感動的な文章だ。われわれ一人ひとりが戦争やそれがもたらす悲惨さに思いを馳せる契機になるし、ともすれば忘れがちになる、人を思い、人を尊敬することの大切さの根本を問い、そのことを思い起こさせてくれる。こうした言動は、われわれ日本人が、なかなか持ちえない価値観だ。

 やや長い演説文の終わりのほうに、わかりやすい言葉で、戦争のもたらす悲惨さを述べている。その文章を朝日新聞より抽出した。

「・・・原爆を投下した爆撃機のパイロットを許した女性がいます。なぜなら、彼女は本当に憎いのは戦争そのものだからとわかっていたからです。ここで殺された米国人たちの家族を探し出した男性がいました。なぜなら、彼は彼らの喪失は自分たちの喪失と等しいと信じていたからです。

 私の国の物語はシンプルな言葉から始まりました。『すべての人は等しくつくられ、生命、自由、幸福追求を含む、奪われることのない権利を創造者から授けられた』。そうした理想を実現するのは、たとえ私たちの国内であっても、国民同士であっても決して簡単なことではありませんでした。しかし、その物語へ忠実であり続けることは、努力に値することです。大陸を越え、海を越えて追い求められるべき理想なのです。すべての減らすことのできない価値。すべての命は尊いという主張。私たちはたった一つの人類の一員なのだという根本的で欠かせない考え。これらが、私たち全員が伝えていかなければならない物語なのです。

 それが、私たちが広島を訪れる理由です。私たちが愛する人を考えるためです。朝起きて最初に見る子供たちの笑顔や、食卓越しの伴侶からの優しい触れあい、親からの心安らぐ抱擁のことを考えるためです。私たちはそうしたことを思い浮かべ、71年前、同じ大切な時間がここにあったということを知ることができるのです。なくなった人たちは、私たちと変わらないのです。

 普通の人たちは、このことをわかっていると私は思います。普通の人はもう戦争を望んでいません。科学の驚異は人の生活を奪うのではなく、向上させることを目的にしてもらいたいと思っています。国家や指導者が選択するにあたり、このシンプルな良識を反映させるとき、広島の教訓は生かされるのです。

 世界はここで、永遠に変わってしまいました。しかし今日、この街の子供たちは平和に暮らしています。なんて尊いことでしょう。それは守り、すべての子供たちに与える価値のあるものです。それは私たちが選ぶことができる未来です。広島と長崎が「核戦争の夜明け」ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのです。」(演説終わり)

 これ以外にも、心に留めておくべき文はいくつかある。科学技術の進展がもたらした核という悲劇と科学技術そのものにどう向き合うか。オバマ氏は被爆地にその解決の原点を見ようとしている。

「科学技術の進展は、人間社会に同等の進歩が伴わなければ、人類を破滅させる可能性があります。原子の分裂を可能にした科学の革命には、道徳上の革命が求められているのです。私たちはここに、この街の中心に立ち、原子爆弾が投下された瞬間を想像しようと努めます。目にしたものに混乱したこどもたちの恐怖を感じようとします。私たちは、声なき叫びに耳を傾けます。私たちは、あの恐ろしい戦争で、それ以前に起きた戦争で、それ以後に起きた戦争で殺されたすべての罪なき人々を思い起こします。・・・」

 演説文全体から、戦争を起こしてはならない、核兵器を使ってはならない、という強い信念のようなものが感じられる。戦争は最終手段だ。常にそういうつぶやきが、私たちの日常にも必要なのだろう。そうであっても、アメリカは戦争を続けているのだから、世界は紛争が満ち溢れているということなのだろう。

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