三菱自工、東芝の不正に思うー身の丈にあった生き方

経済が停滞し、一方で技術革新が求めれられている経済社会で、大企業の名門を中心とした会社で、不正な経営実態が明らかにされている。三菱自動車のデータ改ざんは軽自動車に及ばず、パジェロなどスポーツ多目的車など全車種に及ぼうとしている。その先には、東芝の粉飾決算があり、驚かせた。また、旭化成の下請けのマンションの杭の不正や東洋ゴムの耐震用ゴムの不正などもあった。

 三菱自工や東芝に共通しているのは、上層部の過度な目標設定やそれをクリアするための、現場社員への厳しいノルマや締め付けだろう。三菱自工の場合、環境設定や燃費をよく見せるために、自社の技術では無理なのにそれを下部社員や下請けに注文・発注し、そこから不正が生まれたようなのだ。東芝もそうだろう。上層部の無理な目標設定が不正を生み出したようなのだ。

 このことはこれら不正を働いた会社だけの話ではないと思う。低成長なのに、経営幹部は常にいい成績を社員に求め、社員はその声に応えるべく、ノルマをクリアしようとし、それができなくても何とか模範的な有能な社員を演出しようとする。そのために、多くのサラリーマンは長時間労働に耐え、身を粉にして働いている。その行き着く先が、社員による不正なデータなのかもしれない。
 
 日本は礼儀正しくて、清潔で親切と、テレビや一部の人たちは言う。それを誇りに思っている人もいる。じゃあ、ほかの国はどうなのだろう。意地悪で、不親切で、汚い国なのだろうか。私たちは1960~80年代の高度成長期の諸外国からの賞賛をまだ忘れられないのかもしれない。

 私たちは今、自分の足元や人間としての価値観、哲学、倫理を見つめなおすことが求められているのではないだろうか。物が溢れ、おいしいものが次から次にテレビで紹介されているが、それはそのとき一瞬だ。それが終わると、何か不安に感じ、将来への展望が見出せていない。日本全体が世代間においても、また同一世代でも、労働者間においても、隣近所でも、政治でも、意識において共通点が少なくなり、地質的な用語で言えば粘着力も、せん断力も弱まって、簡単に破壊される地盤だ。地盤が破壊されると、家は傾き、地盤はすべり、居住そのもがが不安定になる。

 じっくりと読書を楽しみ、人生の来し方を味わう余裕はなくなり、人との比較において、人生の裕福感を味わうという、相対的な生き方が主流となりつつあるのではないか。

 経済成長ではない生き方、暮らし方を模索する時期だと思う。また、そうした哲学、人生観が必要になってきていると思う。日本は年間の歳出の内、その3分の一ぐらいを赤字国債(借金)を発行することでまかなっているのだ。一方、ドイツはすべて国の収入で支出をまかなっている。家計というものはそういうものだ。若い人なら、住宅ローンがあってもいい。しかし、日本は今、少子高齢化へ突き進んでいる。ますます体力がなくなりつつある時期だ。もう借金をして、それを次世代に先送りすることは許されない。

 私たちはここで、再度生き方・考え方・働き方・価値観を考え直して、身の丈にあった生き方・幸福を探る必要があるのではないだろうか。

 

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