ブログの持つ二面性、快楽と人権侵害

この3年間、私はブログを書いてきた。それは一つの楽しみであり、また、一つの考える足がかりでもある。日常生活では、仕事以外考える習慣はない。新聞を読めば、それなりに考えるが、それで終わりになる。文章にすることは、考える足がかりになる。書きながら考える。政治のことも、音楽も。

そして、ブログは書いたことを誰かが読んでくれる。それは特定の人でなくていい。誰かが読むという、そういう気持ちが、書く事に息吹を吹き込んでくれる。自分だけの日記でない、それに同意してくれるかもしれないし、同じ価値を享有してくれるかもしれない。そういう、期待が書くほうに、快感をもたらす。

 だが、ブログはその半面、自分の思いを無批判に匿名で書き込める。このため、どうしても独りよがりになり、独善的になり、高圧的な口調になる傾向がある。そして、それが行き過ぎると、一人の偏った考えが、あたかも多くの同調者を得ているかのような錯覚を、そのタイトルを見ただけで、人々は感じてしまうことになる。

その結果、ヘイトスピーチと同様、差別的な言葉が通常に使われたり、個人の尊厳を踏みにじるような言動が目立つようになる。

 僕も安倍首相や籾井NHK会長を批判したりしているが、それはその政策を批判し、考え方を批判することで、民主主義をもっと発展して欲しいし、人間性豊かな社会を築いて欲しいから、言っているのだ。それにはいろいろな考え方があっていい。

 でも、最近ブログで見かける、人権侵害に値するような言動が目立つのは、社会を暗くし、活気を失わせることにつながると思う。例えば、国会での口汚い野次のように。

 このbiglobeのブログにも、人権侵害に値するような個人攻撃のブログを時々見かける。憲法で表現の自由は認められているので、好き勝手なことを言ってもいいと思う。でも、このサイトは、NECかbiglobeと言う会社かしらないが、私企業のサイトだ。私企業なら、公序良俗に反する、人権侵害に値するような言動が目立つブログには、何かしらのシグナルを送るとか、注意を促すかする権利があるし、また、義務があると思う。

ヘイトスピーチまがいのブログが幅を利かせていると、社会そのものがいびつになり、普通の感覚が麻痺してしまう。ブログを愛するものとして、もう少しサイト運営者が、トップページも含めて工夫し、このサイトを人権侵害の巣にならないようにお願いしたい。

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