映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を見て

今日、仕事が早く終わったので、大阪駅前のステーションシネマで「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」を見た。見終わったら感動があふれてくる。止めどもなく涙が出てきそうだ。この映画で何に感動するのだろう。日本映画の安っぽいお涙頂戴の映画ではない。人間の生き様というよな物だろうか。村上春樹も思い出した。ハッピーエンドで終わらないで、1400万人もの命を救ったと言う、天才数学者の仕事にしては、あまりに平凡であまりに切なくて、あまりに苦労が多い日々。まるで青春映画のようだ。数学者たちの、真摯に問題に向き合う姿、戦争と言う刻一刻と人の命が失われていく中でのあせりや焦燥感、しかも主人公が同性愛者であり、学生時代の同姓が好きになることへの経過なども綴られている。

この映画の、面白いところは、多分盗難に合い、刑事がこの主人公の秘密を徐々にかぎつけ、主人公の口から自分の半生を語らせるところかもしれない。そして、暗号を解読し、それを秘密にして、ドイツ軍がどこを攻撃し、どこの人々が死に直面するかと言うことが解りながら、それをあえて言わずに、戦争を終結すること目的に、それらの人々を見殺しにしたということかもしれない。

アランは問う。私は機械か、人間か神か、どう判断するかと。刑事はそれに対して判断できないと答える。

 今、コンピュータが使われているが、それの原型が暗号解読のための、この物語の主人公である”アラン・チューリング”が作った機械なのだ。その機械を使って、ドイツ軍の暗号を解読し、イギリス軍などの連合軍の勝利へ導いたのだ。チューリング・マシーンがコンピュウータの原型だという。

こうした史実に基づいた映画だからこそ、何か心が打たれたのかもしれない。そしてアランの恋人役の”キーラ・ナイトレイ”という女性が際立って素敵だった。とても魅力的だった。

こうした業績のある人にもかかわらず、同性愛者として処罰され、施設に入れられ、41歳の若さで自殺する。そうした人間の不条理?天才であり、第二次世界大戦の終結を早め、コンピュータの礎を築いた人が、こうも、人々の影で生き、死んでいくことに、何ともいえない人間としての哀しみ、つらさを感じるのだ。

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