パリオペラ座ライブビューイング「フィガロの結婚」を見て

今日、大阪ステーションシネマでパリオペラ座ライブビューイング「フィガロの結婚」を見た。一度、オペラと言うものを見たいと思っていたが、現実にはなかなか敷居が高いし、映画でもいいかと思って出かけたのだ。

 館内はお盆休みのせいか、20~30人は来ていたと思う。僕の周りには人がいなくて、コーラーを飲みながら観劇?できた。映画の中で司会者のような人がパリオペラ座やこのオペラの見所などを紹介してくれて入りやすい。フィガロの結婚はモーツアルトの作曲。聞きなれたメロディからオーケストラの演奏が始まる。映画ではすべの上演場面が忠実に再現されている。一部の省略もない。画面は歌い手の顔が大写しになり、表情や動作がとても分かり易い。歌手の声もきれいで、録音や再生も何一つ問題がないように感じた。多分、実際の劇場での声と違わないと思う。もしかして、もっと明瞭で、聞き取りやすいかもしれない。そして歌手が言語で歌うそのときに、下にテロップで日本語訳が出る。これがあったせいで、このオペラの全体の流れがおおよそつかめたと思う。もし、日本語テロップがなければ、私みたいな初めての人には、ほとんど歌の意味や歌手の表情、行動が全くつかめず、途中で見るのをあきらめていたかもしれない。

私は、オペラを見て、まさしくこれは芸術だなと思う。3時間位に及ぶ一連の流れの曲をモーツアルト一人が作曲しているのだ。一つとして退屈な曲がなかった。5分から10分ぐらいだろうか、そうした一つの曲を次から次に歌手たちが歌い継ぐのだ。その歌は歌劇の中での、主人公の気持ちを主に歌っている。小姓ケルビーノの伯爵夫人への恋心を歌った声は絶品だ。映画の中の観客の拍手もひときわ大きかったようだ。恋心と言うのは、古今東西変わりがないのだ。夜も昼もあなたのことを思えば眠れない、というのは時代も地位も男女、年齢に関係なく同じなのだ。

そしてオペラの特徴なのだろうか、独唱ばかりでなく、二人、三人が一緒に歌うことのすごさ、すばらしさ。それぞれが自分の気持ちをばらばらに大声で歌っているのだ。それが3重唱、4重唱となって劇場内に響き渡る。合唱ではない。重唱なのだ。ベートーベンの9番合唱でもそのような歌手の競い合って歌うシーンがあるが、フィガロの結婚ではそういうシーンがとても多い。また、独唱でも、一人ひとりがとても気持ちをこめて、きれいに歌う。

そしてもう一つ。この歌劇に出てくる人々の会話がすべて機知に富んだ大人の会話である点だ。シリアスでなく喜劇的ながら、男女の愛を中心にすえた、大人の世界だ。そこには規律があり、喜びを表現する舞踊・ダンスがあり、領主が決めた法であるけれど、法の下の規律に従って生きている人びとの生活が垣間見える。そうした、法がきちっと機能しているのが西欧社会の特徴だろう。

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