毒ガスは日中戦争で一部使用された

今日の朝日放送午後2時から鳥越俊太郎キャスターのザ・スクープ終戦企画「封印された毒ガス」を見た。「開運なんでも鑑定団」を見たあと、たまたまチャンネルを回した後、毒ガスの話が飛び込んできたのだ。この番組は、とても大事なことを、丁寧な取材でわかりやすく報道していた。僕も第2次世界大戦時の日本の毒ガス製造や毒ガス使用については何も知らなかった。でも、この番組を見て、瀬戸内海の大久野島で毒ガスを製造し、多くの住民がその製造に携わり、そして毒ガス中毒で多くの人が亡くなったのを初めて知った。そしてそれを実際に日中戦争で使用し、軍事作戦でそれを使用して成功を収めたり、退却時にそれを使用することで、敵軍の追っ手から逃れたりしたことが、陸軍の内部文書や米国の公文書資料などから明らかにしていた。

それと共に、アメリカ軍は日本に対し、化学兵器の使用を原爆直前まで使用しようとしていたのだ。化学兵器にも催涙弾やくしゃみを起こしたりするような軽い兵器から、皮膚が炎症を起こし、ただれ、それが内臓まで及ぶような非人道的な兵器まで色々あるが、米軍は8月にも九州地方全域で、そうした非人道的な化学兵器の使用を実行し、その後上陸しようと考えていたのだ。これは沖縄戦で米軍にも多くの死傷者がでたことで、米軍の被害を少なくするための作戦らしい。原爆により、日本が降伏したため、これらの化学兵器の使用がストップした。

第二次世界大戦は日本人がひとり残らず死ぬまで戦うことを強制された総力戦だった。そこではありとあらゆることが考えられ、行われ、また、行われようとしたのだ。常に憲兵の監視下に置かれ、毒ガスの製造を公言することも、いやだということもできなかったと住民は証言している。中国では毒ガス製造のため、日本軍により人体実験が行われた。今日の報道は、その事実を資料に基づいて報道していた。

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