老い・死を有意義なものにしたい

このごろ、死とか老いとか、ふと心をよぎる。死・老いがそう遠くない所で待ち構えている。

 どのように死・老いを迎えよう。こちらが気楽に構えていても、バスに乗って、定刻の時間に勝手に人を運んでくれるように、死・老いは勝手に向こうからやってくる。

 死神さん、私の背後に回らないで、面と向き合ってください。死とか老いと常に向き合いながら生きることは、生物にとって違和感のないことです。生物は子孫を残すために生まれてくるようなもの。老いては死ぬのは当然。地球上の輪廻の中で、その死が、次の命を宿せるのだろう。私の命が、次の生命の礎になるのなら、老いぼれた身体は、灰になり、原子に戻り、再び分子となり、生命体を作るのを嬉しく思う。

老い・死と向き合って生きるのがいいのか、それらを忘れて何かに熱中して生きるのがいいのか。日ごろは何かに熱中し、時たま、老い・死と向き合うのが理想かもしれない。老い・死を人間として有意義なものにしたいと思う。

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