公開中の映画「悪の法則」を見て

私が感じたことは、悪に入り込むと悪の論理から抜け出すことはできないのだなと言う感想だ。一旦、悪の世界に入ると、そこはもう通常の世界ではなくて、悪の論理が支配する世界だということだ。もう別世界なのだろう。例えば、日本では暴力団の世界がそうなのかもしれない。そこにはその世界に入った者しか知ることがでいない掟があって、その掟の中で生きざるを得ないだろう。素人の人が金に目がくらみ、その人らと契約して仕事をしたら、もう悪の世界から抜ける方法がない。それが悪の支配する世界なのだ。
例えば、戦前の日本はどうだろう。戦争反対といえば、どうなるだろう。銃殺か刑務所送りだろう。

現在の日本ではどうだろう。例えば、変な会社に就職したら。
 以前、何かの営業職に応募した際、成績が悪ければ、スパルタ的特訓で必ず営業成績を上げるから、がんばろうという人だけ、ここに残って、そうでない人は帰ってくれと言うような面接会場があった。なんとかがんばろうという人が数人残ったようだが、私は怖くて帰ってきた。人間と言うのは環境に準じやすいもので、そういう特訓的な会社にはそういう世界があって、そこに入れば、簡単には抜け出せない気がした。逆に、いい環境に入れば、人間はその環境になじんで、それが当然と思うだろう。

日本が民主主義で、警察が悪を監視していてくれるから、日本ではとても平等で公正で、安全な世界に住んでいられる。もし、日本全体が汚職や腐敗や不平等、不正が蔓延していたら、いわゆる悪がそこらじゅうにうごめいていたら、簡単に悪の世界に入り込み、悪の論理に漬かって、多くの人がその世界で一般社会と離れて人知れず一生を終えることになるのだろう。

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