社会の居場所を求めて(イタリアの場合)

 今日の朝日新聞にイタリアの刑務所の中にあるビール工場で、責任者の立場にある人のインタビュー記事が載っていた。

その人の話によると、その刑務所は殺人犯など重い刑の人が多いが、雇用しているのは、その中でもテロリストや組織犯罪者でなく、衝動的に人を殺したような人。そのような人は、殺人が『はずみ』で起きてしまった場合も少なくなく、犯罪性が進んでおらず、更正し易いらしい。また、『自分は運が悪かった』と言う被害者意識も持っているらしい。

人を更正させるには、一緒に働いて、信頼関係が大事だと言う。信頼関係が出てくると、相手から自然に、自分がしたことなどを話し始める。つまり、自分が受け入れらていると言う安心感を持ちはじめる。

人が尊厳を持って生きていくためには、2つの要素が必要だと話す。そのひとつが、働いて賃金を得ること。もうひとつはこの世界を構成する一員として、他人と関係を築くことだ。このため、工場には刑務官はおらず、刑務所では2級市民だが、工場の中では対等だという。こうして働く喜びから、生きる事の手ごたえを取り戻していくと言う。

製造されたビールなどは、市場で流通し、品質で高い評価を受けている。「受刑者者は社会から排除された『山の向こうの人たち』ではなく、社会の中にちゃんとした居場所を持ている。すごいことだと思いませんか」と話す。

私も含め、人は賃金を稼いで生きていかねばならず、しかもその中で社会的な居場所も捜し求めているのだろう。


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