今を、精一杯生きる

アクセスカウンタ

zoom RSS 座間事件の女性の願いと森昌子「哀しみ本線日本海」の共通性

<<   作成日時 : 2017/11/12 20:00  

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 神奈川県座間市の9人が遺体で見つかった事件では、被害者9人のうち少なくとも6人に自殺に関わる言動があったという。白石容疑者は調べに対し「会ってみたら『寂しい』『話を聞いてほしい』と言っていた」と供述。「本当に死にたいと考えている人はいなかった」と述べているという(11/12、朝日新聞)。

 こういう紙面を読むと、殺害された人たちの無念さがよみがえる。本当は自殺より、誰かに胸の内を聞いてほしい、打ち明けたかったという思いが伝わってくる。その心の弱さに漬け込むように、アパートに誘い込み、話を聞くそぶりを見せながら、すぐに殺害した犯人はどういう人間なのかという思いもよぎる。なぜ、殺し、なぜ、遺体を損壊するのか。異常な人間なのか、あるいは普通の人間が魚をさばくように、人間をさばいたのか。そうしたことが人間の感情として何の疑念や良心の呵責もなく、行えるのかどうか。普通の人間が人ひとり殺すことはそうたやすいことではない。肉食獣であるライオンやオオカミでも生きるためにのみ殺して食うが、遊びや興味本位で動物を殺さない。そうしないと生態系は維持されない。人間という動物も、むやみに人を殺さないはずだ。しかし、歴史的には戦争があり、大量虐殺があった。それらも、普通に人間が行ったことだ。でも、それは当時戦争状態だった。

 こうした弱い人間を狙った犯罪は、目に見えなくても今の社会ではどこにでも起こりうることかもしれない。ヘイトスピーチも異国での居住者をゴキブリ呼ばわりする点では、言葉での犯罪だろう。仕事で成績の悪い人に対して、バカやろう、お前なんかいらない、など人権侵害の言葉を吐く上司も、同じだ。学校で先生が生徒に対してバカ呼ばわりするのも、弱い立場の人を狙った言葉の犯罪かもしれない。私たちは毎日、こうした言葉の犯罪にさらさらされているし、また逆にそうした立場になるかもしれない状況にある。

 座間事件の犯罪者も犯罪被害者も10代後半から20代半ばまでの青春の真っ盛りの人たちだ。こうした年齢は大人と子供のはざまに立ち、自分の夢と現実に葛藤し、時には苦しくなり、時には夢を実現し青春を謳歌する。その境界はわずかなことであり、多くの人がちょっとした社会的無知や会話不足、金銭的貧しさから自分の進路を見失ったり、悩んだり、やけを起こしたりする時期だ。友人関係が濃密そうに見えても、それに取り残された人たちがいることを社会は理解し、受け入れ、寛容でなければならないだろう。

こうした時、一瞬でも、心を慰めてくれる歌に出会えば、生きていく勇気が出てくるかもしれない。若い時はみな悩み苦しみ、大人になるのだ。歌もそうした若者を応援する歌が多くある。今の歌はよく知らないが、1970〜1980年代活躍した森昌子の歌には、アイドルながら、人間として苦しんだ情熱が感じられる。それは今もって聞く人を慰めてくれる。今の森昌子が歌う「悲しみ本線日本海」には何かしら心打つものがある。それは時代を超えて若者が持つ心の痛み・叫びを歌っているからかもしれない。

森昌子 45周年記念クラブライブより「哀しみ本線日本海」45分50秒辺りから始まります


森昌子の歌には心の叫びが感じられる歌がいくつかある
なみだの桟橋(1分30秒辺りから)



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
座間事件の女性の願いと森昌子「哀しみ本線日本海」の共通性 今を、精一杯生きる/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる