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zoom RSS 井上あさひアナが案内する「高松塚美人図のデジタル復元」(歴史秘話ヒストリア)の面白さ

<<   作成日時 : 2017/05/13 00:01   >>

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今日、NHK「歴史秘話ヒストリア」を見るともなく見てしまった。井上あさひアナの独特な語り口と、わかりやすい解説、それと高松塚の美人図を最新のデジタル技術でもって復元するという、テーマの斬新さにひかれて、歴史の持つわくわく感を抱きながら見ることができた。でも、このこの進行役が井上あさひアナでなかったら、見ていなったかもしれない。それを思うと、女子アナの威力ってすごいなと思う。

 高松塚古墳の壁画は、劣化が激しくてカビなども増殖してその彩色がはげ落ちており、10年ぐらい前に古墳の石造を分解して、室内での保存に切り替え、カビ落としなどを手作業で続けているという。その結果、徐々に元の再色や形を取り戻しつつあるという。それをもとに、デジタル技術の専門家の一人が、色や形などを今風に明確に飛鳥美人を再現したのだ。

 その美人図は16人(もしかして14人だったか)からなり、男女半々で、男性は身分が低く、女性の方が身分が高いという。それらは再現した服装などから判明した。そのうち、くらいの一番高い女性の視線が、丁度、被葬者を見つめるような視線であり、多分被葬者の奥方だろうという。そしてその描かれた人々がもっているものが、ハエ叩きや背中搔き器、剣などとわかってきた。そして描かれた絵と、日本書紀や古代の書籍にある記述と、それらの持ち物がよく合致しているのだ。また、古墳の埋蔵品として鏡が出土し、そのことから古墳は700年から710年後までに築造されたということがわかった。そうしたことから被葬者は、705年にに死んだ草壁の皇子だと推測していた。また、描かれた16人服装のその向きや形から、16人が何かを口づさみながら死者を楽しいところへ導いているようにも見えるという。日本書紀では、700年に大宝律令という法令集が初めて公布され、その時の式典の様子が描かれている。それは皇子も出席した。そのため、この美人図はこの式典の様子ではないかという。

 高松塚古墳は藤原京の時代であり、藤原京から高松塚古墳へは南へ一直線であり、それの先には熊野本宮につながる。熊野本宮には3本脚のカラスが旗に描かれており、藤原京にも3本足のカラスのいわれのものがあるという。

古墳から出た彩色画が、古代の歴史の流れを鮮やかに蘇らせているのだ。何もかもがつながっているのだ。

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